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主人公は競馬記者。終盤の逆転に次ぐ逆転はスリルたっぷり。
「忠告だ!自分の記事を金にするな。絶対に自分の魂を売るな!」そう言い遺して、《サンディ・ブレイズ紙》の競馬記者のバート・チェコフは7階のオフィスの窓から転落した。同僚のジェイムズ・タイローンには、彼の遺した言葉の意味が解らなかったが、その後、バートが新聞記事で買いを勧めた馬が出走を取り消したのを知った時、彼の背中を冷たいものが走った。派手に人気を煽った馬の出走取り消しは、賭け屋に莫大な利益をもたらすのだ。何かある! 競馬の不正行為にバートが関連していたのだろうか? バートの死に際の言葉はこの不正を示唆していたのか? 記者の魂を売り渡し、追いつめられて死んだのだとすれば、背後には誰が? 調べだしたタイローンに危険が迫る―。
ディック・フランシス(1920-2010/89歳没)の1968年発表作(原題:Forfeit)で、作者の"競馬シリーズ"の第7作で、1970年の「アメリカ探偵作家クラブ賞(エドガー賞)」の受賞作です。原則として毎回主人公が変わるこのシリーズ(ただし、『大穴』『利腕』など4作に登場のシッド・ハレーといった例外あり)の今回の主人公ジェイムズ・タイローンの職業は競馬記者です。
その主人公の'私'(タイ)の妻エリザベスは小児麻痺のために左手をほんの少ししか動かす事が出来ず、呼吸さえも機械の助けを借りないと出来ないという状況にあり、また夫婦生活ができないことで、自分は夫に見放されるのではないかとの扶南を抱いています。タイは正常で健康な男性でもあるので、自己嫌悪と罪の意識を感じながらも、やむを得ず他の女性と関係を持つことも。そこには愛は無いという前提だったのが、今回の事件の調査を続けるうちに知り合った女性とお互いに惹かれあったことから、相手の女性は自分では知らないままタイの敵に脅迫の手段を与えてしまうという皮肉な流れになります。
事件の方もこのシリーズ特有の多重構造の様相を呈していますが、核となる不正行為のからくりは、重賞レースなら出走日以前にも賭けられる英国の障害競馬の賭けのシステムを悪用したもので、有力馬を探し、競馬専門紙の記者を脅迫・買収してその馬が絶対勝つと思い込ませるような記事を書かせ、国内にネットワークを持つ賭け屋と結託し、賭け金が吊り上がったところで、今度は馬主を脅迫して直前に出走を取り消させるというものでした。
今回は核となる犯罪のミステリの構造はそれほど複雑なものではなく、主人公と妻や女性との関係にもかなりページを割いていることもその要因としてあったのかなあと思いましたが、終盤に来て、レース本番まで極秘に保護している有力馬をどこに隠すか、敵方との逆転に次ぐ逆転はスリルたっぷりで、結局いつも通り(笑い)ハラハラドキドキさせられました。しかし、このやり方は、ジャンルは少し違いますが、冒険スパイ小説のロバート・ラドラムなどを想起させ、これ、やりすぎると軽くなるような気も(途中、恋愛小説的要素もあった分、ラストでスパートをかけた?)。
読み終わった直後は"ハラハラドキドキ"の余韻で、『興奮』や『利腕』よりも上かなと思いましたが、時間が経つとそこまでの評価にはならないかなという感じ(それでも星4つはあげられる)。町を行くすべての男性が振り返るような女性が、最後「パン屑を食べても一緒にいたい男を見つけても...自分の物にすることができない」(これ、タイのことなのだが)と嘆くのが印象的。でも、エリザベスとの関係が回復したのは良かったけれど、医者のトニオはエリザベスに、夫をもっと自由にさせるよう助言したということなのかな。
因みに、ディック・フランシスは、騎手引退後に《サンディ・イクスプレス紙》で競馬記者をしており、愛妻メリイは小児麻痺に罹り、本書のエリザベスほど重症ではないものの人工呼吸器を使っていたとのこと。本書の'私'のモデルは作者自身とも言えるかと思います。
【1977年文庫化[ハヤカワ・ミステリ文庫]】